大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

函館地方裁判所 昭和30年(レ)14号 判決 1955年12月12日

控訴人 黒田喜太郎

被控訴人 国 外一名

訴訟代理人(国) 林倫正 外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人国は控訴人に対し金一万三千六百八十円を被控訴人伊勢谷吉正は控訴人に対し金五万円を支払うべし。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決を求め被控訴人国指定代理人は主文同旨の被控訴人伊勢谷吉正代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用、認否の関係は控訴代理人において、

一(1)  請求原因第五項中「訴外酒井松太郎」とあるを「訴外黒田健治」と第九項中「(執行吏執行等手続規則第十八条)」とあるを「(執達吏職務細則第五十四条)」とそれぞれ訂正する。

(2)  執行吏は、自己の判断とその責任とにおいて独立にその権限を行使するものではあるが、債権者の利益を目的とする関係上強制執行の範囲や進行程度については、常に債権者の利益追行に任ずべきであり、債権者のこの点に関する適法な指図もしくは申出があるとき右指図が明文または法の精神に反し債務者等の利益を阻害することがない限り、執行吏はこれを尊重しなければならない。従つて、本件において債権者訴外酒井松太郎が債務者である控訴人の競売延期申請書に同意捺印の上これを執行吏に届け出た以上、これを拒否して実施した競売は違法であるといわなければならない。

(3)  控訴人は執行吏の本件違法執行行為に因り損害を蒙つたものであつて、右損害額については、控訴人が訴外酒井松太郎に対して負担していた保証債務額は金三万五千三百二十円であり、本件競売手続により、競落された本件動産を控訴人において買い戻すために支払つた代金は金四万九千円であるから、右両者の差額金一万三千六百八十円が右損害額に当る。

(4)  本件物件に対する競売手続完了後控訴人がこれを買戻すまでの控訴人の占有状態は、右競売手続が違法である以上、自主占有である。しかして競落人が即時競落物件の引渡を受けて占有移転を了する場合は別として本件の如く競売手続終了後数日を経過した後に至り競落人たる被控訴人伊勢谷吉正が本件競落物件の所有権を主張して競落価格を上廻る金四万九千円でその買戻方を強要してきたことは、正に強迫的行為であり、控訴人は右不法行為によりその営業権および自由人格権の侵害を受けた。

従つて控訴人は被控訴人伊勢谷吉正に対し営業権の侵害による損害金として金二万円、自由人格権の侵害による慰籍料として金三万円を請求する次第である」

と述べた。

被控訴人伊勢谷吉正代理人において

「控訴人主張の(4) の事実はこれを争う。すなわち、本件競落物件の所有権は、被控訴人伊勢谷吉正に帰属しているのであつて、所有権に基く右物件の引渡請求はなんら不法行為ではない右物件の買戻方を要求したのは、控訴人において買戻の意思があるならばと思つてしたことであつて、結局本件においては当事者間に協議が調い、被控訴人伊勢谷吉正は、控訴人に対して右物件を売り戻した次第である。」

と述べたほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

(一)  まず、被控訴人国に対する請求について判断することにする。

訴外黒田健治は、昭和二十八年四月十四日訴外酒井松太郎から金三万五千三百二十円を弁済期同年四月二十日の約で借り受け、控訴人は右債務につき債務者黒田健治の連帯保証人となり、右訴外人等とともに函館地方法務局所属溝口公証人に嘱託して右消費貸借契約につき第六万八千三百十一号公正証書を作成したこと、債権者酒井松太郎は、昭和二十八年五月九日函館地方裁判所所属執行吏山本春吉に対し、右公正証書の執行力ある正本に基き、控訴人所有の有体動産につき強制執行をすべきことを委任し、同執行吏は右委任に基き控訴人所有にかかる中古畳四十枚等の動産物件に対する差押手続を実施し、競売期日を同年五月三十日と指定したこと、右競売期日の前日である同月二十九日債権者酒井松太郎作成名義の競売期日延期申請書が執行吏山本春吉の自宅において同人の妻に交付されたこと、同執行吏は、債権者の右延期申請書の提出があつたのにかかわらず、右競売朋日に強制競売手続を実施完了し、被控訴人伊勢谷吉正が右物件を競落したことは、いずれも当事者間に争いのないところである。

控訴人は、債権者酒井松太郎作成の競売期日延期申請書が提出されていたものにもかかわらず、これを無視して実施された右競売手続は違法である旨を主張するので、この点について考察する。

原審における証人酒井松太郎、同山本春吉、当審における黒田健治の各証言を考え合せると、右の競売期日延期申請書は、債権者酒井松太郎が主たる債務者黒田健治(控訴人の子)の懇請によりこれを作成したものであつて、同書面は単に昭和二十八年五月三十日と指定された当該競売期日を延期されたい旨を記載したものにすぎなかつたことが窺われるのであつて、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。当時施行されていた執達吏職務細則(明治二十三年十一月司法省民第二四一〇号訓令)第五十四条の規定によれば、債権者から右のごとき競売期日延期申請書の提出があつた場合には、執行吏は、当該競売期日における執行手続を一時停止するのが相当であると解すべきである。

しかしながら右延期申請書が提出された場合、右競売手続が違法かどうかの点については別に考察されなければならない。そもそも執行吏は、債権者の執行委任に基き強制執行を行う国家機関であつて、その責任と判断とにおいて独立に権限を行使するものであるが、反面強制執行制度は債権者の財産上の権利利益を実現する手段として設けられたものであるから執行の範囲や進行程度について債権者の指図があるときは、執行吏はこれを尊重すべきであるといわなければならない。

右職務細則第五十四条の規定は、直接に民事訴訟法の規定に準拠するものではないが、右の如き執行制度の趣旨目的から国家機関として前記の如き独立の職務権限を有する執行吏の遵守すべき内部的な手続規定ないし執務規定として定められたものと解するのが相当である。従つて、右規定に違背して実施された執行行為は当不当の問題を生ずることがあつても、原則として違法の問題を生じ得ないものというべく、これを債務者救済の面からいえば、債務者は右執行手続の不当を理由として民事訴訟法第五百四十四条の規定により執行方法に関する異議を申し立て、また同法第五百五十八条の規定により即時抗告による救済を求めるべきであつて右の救済方法を講じない限り右の執行行為は適法有効であると解すべきである。本件において前記の如く執行吏が債権者酒井松太郎の提出した競売期日延期申請書を拒否して、当該競売期日たる五月三十日に競売手続を実施完了したとしても、この一事をもつて右競売手続が違法であるとはとうてい断じ得ないところであり、他に右競売手続を違法ならしめる事由は、控訴人の全立証をもつてしてもこれを認めるに足りない。よつて、控訴人のこの点に関する主張は採用することはできず、右競売手続の違法を理由として被控訴人国に対して損害賠償を求める本訴請求は失当として棄却すべきである。

(二)  つぎに被控訴人伊勢谷吉正に対する請求について判断することにする。

控訴人は、競落人たる被控訴人伊勢谷吉正が再三控訴人に対して本件競落物件の買戻方を強要し、右強迫的行為によつて控訴人をしてついに物件を競落価格を上廻る価額で買戻さざるを得なくさせて控訴人の営業権および自由人格権を侵害したと主張する。

当審における証人黒田健治の証言、原審における原告本人尋問の結果、被告伊勢谷吉正本人尋問の結果を考え合せると右物件の競落人たる被控訴人伊勢谷吉正が控訴人の懇請により同人の右競落物件買戻しを期待して一時これを控訴人に保管せしめたこと、その後被控訴人伊勢谷吉正は控訴人に対して右物件の買戻方を交渉し、その間において被控訴人が右物件を買戻さないときはこれを運搬する旨申し述べたこと、控訴人は被控訴人伊勢谷吉正から右物件を金四万九千円で買戻したことを認め得るのであつて、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。しかして、前記の如く競落人として右物件の所有権を取得した被控訴人伊勢谷吉正がその所有権に基いて右物件を運搬する権能を有することは当然であり(本件においては、控訴人においてこれを阻止する法定の権限を有することについてはなんらの主張立証がない)従つて右認定の如く被控訴人伊勢谷吉正において本件競落物件を運搬する旨を申し述べたとしても、これをとらえて直ちに強迫的行為なりとすることを得ないことは言うをまたないところであつて、他に被控訴人伊勢谷吉正において控訴人主張の如き強迫的行為をなしたという点については、これを認めるに足りる証拠がない。その他の点を判断するまでもなく控訴人の被控訴人伊勢谷吉正に対して損害賠償等を求める本訴請求は失当として棄却せざるを得ない。

以上の次第で、右と同趣旨に出た原審判決は相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条第一項により本件控訴を棄却すべく、訴訟費用の負担につき同法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 馬場励 井口源一郎 太田昭雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例